副施設長の江頭です。
梅雨の間の晴れ間なのか、梅雨が早めに終わろうとしているのかは分かりませんが、気持ちいい晴天が続いています。開幕したサッカーのワールドカップは今一つの盛り上がりですが、日本が勝ち進めばそれはそれで日本中が大騒ぎになったりする気がします。アメリカと北朝鮮の話し合いもそうなんですが、一年前は戦争になりかけていた国同士が急に仲良くしたりと、最近は何か浅く表層的な部分での盛り上がりが多く、何か芯が通った物事の進み方では無く刹那的というか薄っぺらい世の中になっている印象を受けます。それは以前ほど同じ方向を皆が向いていないというか、個人主義が強くなり、好きな事は深く考えるけど、そうでもないことについては浅く考える傾向があるのかなとも思います。多くの考えがあり、それぞれの考えを尊重するということは、全体からすると薄っぺらくなるとも言えます。
介護の世界でも少しずつ「個人主義」というか団体で行動する事を否定し、自分の好きな事、自分のやりたい事だけをしたいという考えの方が出てきています。デイサービスではギャンブル(パチンコ、パチスロなど)や麻雀・将棋・囲碁、カラオケボックス、最近ではジム顔負けの機械が揃っているところも出てきています。それは全員が同じ行動を取る事の日本人が感じる同調性や和の心がなくなってきていることなのかもしれません。特徴としては男性がそのような思考になる人が多い気がします。(女性は集まってお話しするのが今でも好きですからね。)
デイサービスなどの介護施設が今まではどんなに介護保険が「自立支援」とうたっていても、利用者様が離れてしまわないように、楽しんでもらうという事を大事にし過ぎていて、ちょっと頑張れば家に戻れる人でも、「その場所に居ることが楽しくなる」という事が一番になっている。つまり本来の目的(自分の生活を自分でやれる能力の回復)は棚上げされてしまい、目的を解決するための手段であるはずの介護施設が目的になっているという矛盾が生じているのが現実です。それは全てが悪い訳ではなく、共働きの家庭で一人家に居るおばあちゃんをどこかに預けて介護負担を減らすというのも大きな目的なので一概には間違いとは言えませんが、幾分依存的にしてしまったり、自分達の事業所の利益保護が一番になってしまい本来の自立支援(デイサービスからの卒業)を妨げてしまっている現実もあると思います。
厚生労働省が最近自立支援を改めて強く主張しているのは、社会保険料の高騰を防ぐためという考えが透けて見えて嫌なんですが、本来の「自立支援」「介護保険制度」というものは何なのか、それぞれの職種が本来の役割をこなせているのかを問い直す良い機会だとは思います。法人の飼い犬になっているケアマネにもっと公平性・独立性を求める動きがあっていいとも思いますし、自立支援のプランを作るケアマネにもっとレベルアップを求める必要もあると思います。そしてこれらの厳しい意見は全て自分に跳ね返っているという事もよくわかっています。
バラバラの考えをまとめ上げ本当にしなければならない理想を叶えるという事はとても地味であり、多くの人は気付かない努力だと思います。ただその理想に向かって歩いている人に気付く人は必ず居ると信じています。地味だけど一歩ずつ、芯のある考えを持ち歩き続けたいものですね。